DNA解析がヒト進化の歴史を解明する

DNA解析がヒト進化の歴史を解明する
      -2万9千年前のネアンデルタール人の骨-

by Michael D. O'Neill

【SUMMARY】

2万9千年前のネアンデルタール人、幼児の肋骨から得られたミトコンドリアDNA(mtDNA)の分析から、ネアンデルタール人と現代型人類は、数千年間にわたってほぼ同じ領域に広く共存していたと考えられるにも関わらず、この両者の間にはおそらく交雑が行われていなかったことが示唆された。この結果は、ヒト進化についての“アフリカ起源説”と一致する。

ネアンデルタール人の胸部:オランダ、アムステルダムのAllardPierson考古学博物館のディスプレイ。
(写真:Michael D. O'Neill)


DNA分析は、Applied Biosystems社のAmpliTaq Gold® DNA Polymeraseを使って行われた。2万9千年前の試料中のmtDNA断片増幅において、この酵素は極めて重要な役割を果たし、実験の成功に貢献した。mtDNAの解析は2つの研究室で行われたが、その内の1つ、スコットランドのグラスゴー大学付属のヒト識別センター、DNA研究室主任研究員のWilliam Goodwin博士は、「AmpliTaq Gold® DNA Polymeraseは、年代の古い試料の増幅に、最適の酵素である」と述べている。mtDNAのDNA配列決定は、ABI PRISM® 373 DNA Sequencer-XLにより行われ、論文は、ネイチャーの2000年3月30日号に掲載された。解析に使われたネアンデルタール人の肋骨は、カフカス山脈にある鍾乳洞(写真1)を発掘中のロシア古学探検隊によって発見された。

カフカス地方の鍾乳洞
(Travel to GeorgiaのWEBサイトの写真。許可を得て転載)

【Article】

ネアンデルタール人と現代型人類は数千年の間、大体同じような地域に広く生存していたと考えられるにも関わらず、2万9千年前のネアンデルタール人、幼児の肋骨から得られたミトコンドリアDNA(mtDNA)の解析から、両者の間にはおそらく交雑が行われなかったことが明らかとなった。

mtDNA分析はApplied Biosystems社のAmpliTaq Gold® DNA Polymeraseを使って行われた。古代のサンプルからのmtDNAフラグメントの増幅の成功に、この酵素は極めて重要な役割を果たした。

MtDNA解析は2ヶ所の研究所でおこなわれたが、そのうちの1つ、スコットランドのグラスゴー大学ヒト識別センターDNA研究室の主任研究官、Dr. WilliamGoodwinは、「AmpliTaq Gold® DNA Polymeraseは、年代の古い試料の増幅に最も適していた。それは、この酵素が他の酵素に比べると安定性が高いために、完全に最適条件下でなくとも効率よく活性化し増幅回数が増加するからだろう」と述べている。

1997年に初めて分子レベル的解析が、145年前に発見されたネアンデルタール人の骨について行われた。このとき、ネアンデルタール人のmtDNAと現代型人類のmtDNAとの間には、かなりの相異があることが推測された(後述)。この結果は、ネアンデルタール人と現代型人類が別の種に属していることを示していた。今回の解析も1997年の結果と一致する。

離れた2カ所から得られた、別々の2体のネアンデルタール人に由来するmtDNAについて、それぞれ個別に行われた結果から考えて、ネアンデルタール人と現代型人類の関係について、「交代」という理論が強く支持される。この理論は、「ネアンデルタール人は新人類と交代したのであって、ネアンデルタール人の遺伝子は現代型人類の遺伝子プールにまったく寄与していない」とする理論である。

これに対して、ネアンデルタール人は現代型人類の祖先である、あるいはネアンデルタール人と新人類は交雑を行い、現代型人類の遺伝子プールができあがったとする、別の理論も存在している。しかしながら、今回の研究は、ネアンデルタール人のmtDNAは現代型人類のmtDNA遺伝子プールにまったく寄与していないと結論しており、上記の理論とは相容れない。

今回の実験は、ミトコンドリアのDNAを比較しているので、核に含まれる遺伝子に関してネアンデルタール人が現代型人類の遺伝子プールへ寄与している可能性を全く排除することはできない。しかしながら、ネアンデルタール人のサンプルから核のDNAが得られる可能性は極めて低くく、この仮説を直接検証できる可能性は殆どないに等しい。

この発見は、ネアンデルタール人と現代型人類は、ほぼ60万年前に共通の祖先から分岐したという考えと一致すると著者らは述べている。また、今回の結果は、現代型人類はアフリカで生じたとする“アフリカ起源説”と一致している。つまり、全ての現代型人類は、ほぼ15万年前にアフリカに生息していたある集団に起源を持つというもので、この集団がその後地球全体に広がり、他の既存の集団を排除して現代の人類の集団が作られたとする理論である。

この、“アフリカ起源説”では、ネアンデルタール人は、現代型人類の各集団(ニグロイド、モンゴロイド、コーカソイド)の各々と、進化の上で等しいだけ離れている筈である。「この研究で得られた結果から計算によって、この予測が正しかったことが裏付けられた」と著者らは述べている。

ほぼ30万年前から3万年前まで、ネアンデルタール人はヨーロッパや西アジアに広く生存していたと考えられている。そして、考古学的資料によると、最後のネアンデルタール人が生存していた数千年の間、現代型人類とネアンデルタール人は、共通の地域に広く生存していた可能性が示されている。ネアンデルタール人と現代型人類が共存していたこの期間に、両者の間に交流があったのか、なかったのか、あったとすればどのようなものだったのかについて、これまでに激しい論争が繰り返されてきた。

1997年、ネアンデルタール人のmtDNAの分析が最初に行われた(Krings, M. et al., Cell 90:19-30, July 11,1997)。この分析では、1856年にドイツのデュッセルドルフ に近いネアンデルタール渓谷のフェルドホーファー洞穴で初めて見つかったネアンデルタール人の骨の一部を粉砕し、DNAを抽出した。形態学的な研究では、この骨は3万年から10万年前のものと推定されている。

この人骨から抽出されたmtDNAにおいて、フェルドホーファー洞穴のネアンデルタール人と現代型人類の参照用mtDNA配列(アンダーソン配列)の間には、ゲノムの超可変部1(HVR1)、360塩基対(bp)領域に関して、27箇所の相異があった。現代型人類の各集団間における同じ領域での相異の平均数は、約8箇所である。(注:この研究では、ネアンデルタール人のmtDNAのHVR1領域は多数の小型クローンのDNA配列から推察されていた。)

フェルドホーファー洞穴由来のmtDNAの塩基配列データは、ネアンデルタール人と現代型人類が別個の種に属し、ネアンデルタール人は現代型人類のmtDNA遺伝子プールへ寄与していないことを強く示していた。しかしながら、この実験はネアンデルタール人のDNAに関する前例のない、まったく最初の研究であったので、独立した別の実験でこの結果を再確認することが必要であると誰もが考えていた。

年代の経た試料を扱う場合、混乱を増すようなものが混合している恐れは高い。さらに人為的なものが入ってくる可能性も無視できない。ネアンデルタール人のDNAに関する最初の研究は、夾雑物を排除するための予防策にも配慮されたことで大きな成果として認められたが、最初でかつ唯一の実験であったため、慎重な再確認がさらに求められたのだ。

実際に、この一連の論文(Cell 90: 1-3, July 11, 1997)の中で、王立癌研究基金(ICR)のThomas Lindahl博士は「別の場所から出土したネアンデルタール人についても同様の実験を行い、この結果を検証することが極めて重要である」と述べている。

今回発表された実験結果こそ、まさに、“別のネアンデルタール人のmtDNAに関する検証”にあたる。

今回の研究で、mtDNAを採取する材料となった幼児の肋骨は、サンクトペテルブルクのモスクワ考古学研究所とモスクワ大学が派遣したロシア探検隊が、カフカス山脈北部を流れるスコーイ・クルディップス河の川岸に位置するメズマイスカヤ洞穴(鍾乳洞)での発掘中に発見した。

カフカス山脈は、黒海からカスピ海にいたる900マイルに渡って連なっている山系で、ヨーロッパとアジア間の分水嶺となっている。カフカス地方は旧人類や現代型人類が、ほぼ四万年前に近東やアフリカからヨーロッパに侵入する際の通路となった地帯であると考えられている。メズマイスカヤ洞穴は、フェルドホーファー洞穴からほぼ1,560マイル離れた南東に位置している。

カフカス山脈の山々(Travel to GeorgiaのWEBサイトの写真。許可を得て転載)

メズマイスカヤで採取された人骨のサンプルの1つが、モスクワの老年学研究所のIgor Ovchinnikov博士により、スコットランドのGoodwin博士の研究室に送られた。このサンプルに関するDNA抽出と増幅の実験は、事前にOvchinnikov博士が行っていた。

全く独立して解析を行うために、もう1つのサンプルがスウェーデンのストックホルム大学、考古学研究実験施設のAnders Gotherstrom博士の研究室に送られた。

放射性炭素法によれば、この骨はほぼ29,195年前のもの(誤差は+/-965年)である。この結果は、この骨がネアンデルタール人生存の最末期に属するもの、つまり現代型人類と共存していた時期にあたることを意味している。

Goodwin博士のチームは、Applied Biosystems社のAmpliTaq Gold® DNA Polymeraseによってネアンデルタール人の骨から得たサンプルより、mtDNAのHVR1領域に対するPCR増幅に成功した。得られたPCR産物は、塩基配列の決定を直接行うに充分な量であり、さらに、別のPCR反応で作られた産物についてもクローニング後、配列が決定された。DNAの塩基配列決定はABI PRISM® 373 DNA Sequencer-XLによって行われた。

この方法を使うことで、グラスゴーの研究グループは、メズマイスカヤ人骨より得たmtDNAのHVR1領域について345塩基対からなるコンセンサス配列を決定できた。この配列は、オーバーラップする232bpと256bpの2個のPCR産物によって決定された。256bpの断片は、ネアンデルタール人のmtDNAからPCR反応で作り出された最長のDNAである、と著者らは述べている。

コンセンサス配列の解析によって、メズマイスカヤmtDNAの配列は現代型人類の配列とはかなり異なっていることが示された。むしろこの配列は、フェルドホーファー洞穴のネアンデルタール人mtDNA配列により近いことが判った。

メズマイスカヤ人骨のmtDNAと現代型人類のミトコンドリアゲノムの参照用配列(アンダーソン配列)との間には全部で22個の相異があった。ネアンデルタール人から得られた2種類の試料間の相異は全部で12個だけであった。ネアンデルタール人に関して得られた配列は2つとも、現代型人類の参照用配列の同じ19箇所に置換があることにも、著者らは注目している。

このデータは、メズマイスカヤ洞穴のネアンデルタール人は、系統発生学的には現代型人類とは異なるグループに属することを示す強力な証拠である。そして、フェルドホーファー洞穴とメズマイスカヤのネアンデルタール人が同じグループに属することを示している。

今回の解析結果も、現代型人類のmtDNA遺伝子プールに対してネアンデルタール人の寄与がないことを示している。そこで、著者らはこの2つの集団の間で交雑があったという可能性に反論している。これでも先に述べたように、今回の結果からも新人類の核の遺伝子プールに対するネアンデルタール人の寄与については言及できない。

著者らは、メズマイスカヤ人骨からの別の試料についてスウェーデンの考古学実験施設で行われた解析結果について、それらがグラスゴーの研究室で得られた結果と一致していると述べている。

著者らは、ほぼ2万9千年前の骨に含まれていた256bpのmtDNA断片の保存について、「永久凍土層中に保存されていないのに、増幅後に直接DNAの塩基配列が決定できる充分な量が得られたことは前例のないことだ」と指摘している。彼らは、このDNAフラグメントがこのように注目すべき保存状態におかれていたことに関して、メズマイスカヤ鍾乳洞中の特別な環境によるものであろうと考えている。

今回の実験から、メズマイスカヤ人骨から得られたサンプルをさらに慎重に解析すれば、ネアンデルタール人のミトコンドリアゲノムの全配列が解明される可能性があると、著者らは考えている。

この論文は、ロシアのモスクワにある考古学研究所、モスクワ大学人類学研究所、博物館、老年学研究所、または、スコットランドにあるグラスゴー大学のヒト識別センター及びスウェーデンのストックホルム大学の考古学研究施設に所属する研究者が共著者として名を連ねている。